中国の消費市場において、日用品や化粧品を中国全土へ流通させるための「オフラインの巨大な毛細血管」として長らく君臨してきたのが、KA(Key Account:ハイパーマーケット等の大型総合スーパー)と、CS(Cosmetic Store:化粧品専門店・ドラッグストア)という2大チャネルです。
かつて、日本企業を含むグローバルブランドにとって「中国市場の攻略=カルフールや大潤発(RT-Mart)のKA棚を取り、屈臣氏(ワトソンズ)のCS棚を確保すること」と同義でした。しかし2026年現在、ECの究極的な進化と美団(Meituan)等の「O2O(即時配達)」の普及、さらにマクロ経済の減速に伴う「消費降級(ダウングレード)」の直撃を受け、中国のオフライン小売業はかつてない規模の「閉店ドミノ」と「業態転換」という地殻変動に見舞われています。
本稿では、崩壊の危機に瀕する「KA」チャネルの現状とサバイバル戦略、そしてZ世代をターゲットに進化を模索する「CS」チャネルの光と影を、3つの図解を用いて徹底的に分析し、日本ブランドが直視すべきオフラインチャネルの再定義について解説します。
1. KA(総合スーパー)の落日:なぜ「1万平米の巨人」は死んだのか
中国の小売業を語る上で、最も衝撃的な変化が「伝統的な大売り場(ハイパーマーケット)」の急速な衰退です。
図1:中国における「伝統的KA(総合スーパー)」の店舗数指数と「会員制/ディスカウント店」の推移(推計)
出所:各種業界レポート・報道を基に作成
1990年代後半にカルフール(家楽福)やウォルマートが中国に持ち込んだ「1万平方メートル超の巨大な売り場に数万点の商品を並べる」というKAモデルは、中国の近代化の象徴でした。しかし図1が示す通り、2020年頃を境に伝統的KAはバタバタと倒れ始めました。カルフールは中国の大部分の店舗を閉鎖し、中国の絶対王者であった大潤発(RT-Mart)や永輝超市(Yonghui)でさえも、数百店舗規模の大量閉店と巨額の赤字に苦しんでいます。
伝統的KAを殺した3つの要因
- O2O(即時配達)の普及:「週末に車で巨大スーパーに行き、1週間分をまとめ買いする」という行動様式が崩壊。美団(Meituan)を使えば生鮮食品から日用品まで30分で自宅に届くため、巨大な売り場を歩き回る必要がなくなりました。
- 「場所代ビジネス」の限界:従来のKAは「棚代(入場料)」や「販促費」をメーカーから徴収して利益を上げる不動産業のようなモデルでした。自社で商品を仕入れる力が弱く、ECの圧倒的な安さの前に「価格競争力」を完全に喪失しました。
- 高騰する固定費:都心部の巨大なテナント家賃と人件費が、売上減少の中で重くのしかかっています。
2. KAの生存戦略:「会員制ストア」と「ハードディスカウント」への二極化
全滅の危機に瀕するKAチャネルですが、生き残りをかけて「二極化(M字カーブ)」の業態転換を猛烈な勢いで進めています。
一つが、ウォルマート傘下の「山姆会員店(Sam's Club:サムズクラブ)」やアリババ系の「盒馬(Freshippo/フーマー)」に代表される会員制・高品質スーパーへの転換です。サムズクラブは年会費260元(約5,000円)を取りながらも、中国の中産階級から絶大な支持を集めています。商品数をあえて数千点に絞り込み、「自社開発の高品質な巨大サイズの肉やケーキ(PB商品)」を提供することで、「わざわざ車で行く価値のあるレジャー体験」を創出しています。
もう一つが、地方都市を中心に爆発的に増殖している「零食很忙(Snack Busy)」などに代表されるハードディスカウント(超低価格)業態です。中間流通を完全に排除し、メーカーから現金で全量買い取ることで、KAやコンビニの半額近い価格でスナックや飲料を販売。消費降級(ダウングレード)の波を見事に捉えています。
3. CS(化粧品専門店)の光と影:ワトソンズの苦悩と「新小売美容」の台頭
一方、化粧品やパーソナルケア商品を販売するCS(Cosmetic Store)チャネルでも、地殻変動が起きています。
図2:中国CSチャネルにおける「伝統的CS」と「新型美粧集合店(新CS)」の売上シェア推移(推計)
※ワトソンズ等から、HARMAY等のZ世代向けストアへシェアが流出
伝統的CS(屈臣氏/ワトソンズなど)の限界
長年、中国のCS市場の絶対的ガリバーであった「屈臣氏(ワトソンズ)」や、ローカル大手の「嬌蘭佳人(Gialen)」は、若者の深刻な「店舗離れ」に苦しんでいます。
最大の理由は「押し売り(BA:ビューティーアドバイザーの過剰接客)」と「ブランドの陳腐化」です。店に入った瞬間にBAが付きまとい、自社のプライベートブランドや利益率の高い無名ブランドを強引に勧めてくる接客スタイルは、SNSで事前に全成分を調べてから買い物をするZ世代(成分党)から強烈な嫌悪感を買い、「ワトソンズをいかに回避するか」という動画が抖音でバズるほどの社会現象となりました。
新CS(新型美粧集合店)の台頭と「打卡(チェックイン)文化」
この伝統的CSの弱点を突いて2019年頃から爆発的に増えたのが、「THE COLORIST(調色師)」「WOW COLOUR」「HARMAY(話梅)」といった新型美粧集合店(新CS)です。
彼らはBA(販売員)を一切排除し、「自由に試せる(免打擾)」空間を提供しました。店舗はまるで美術館や工業用の巨大倉庫のようにデザインされ、若者がSNS(小紅書)に写真をアップする「打卡(チェックイン・映え)」の聖地となりました。また、海外のニッチな高級ブランドや、ECでしか買えなかった中国ローカルのプチプラコスメを大量に並べ、「宝探し」のような体験を提供しました。
4. 新CSの厳しい現実:「体験」は金になるか?
しかし、2026年現在、飛ぶ鳥を落とす勢いだったこの「新CS」たちも、厳しい現実(淘汰の波)に直面しています。
図3:新型美粧集合店(新CS)における若者の購買ファネル(推計)
※「来店・試用」まで高いが、「店頭購入」で激減するショールーミングの現実
図3が示す通り、新CS最大の課題は「来店客数は多いが、コンバージョン率(購買率)が極めて低い」ことです。
Z世代の若者は、HARMAYやTHE COLORISTの店舗にやってきて、写真を撮り、テスターで新色を試し、お目当ての商品の色番を確認します。しかし、そのままレジには行きません。彼らはスマホを取り出し、抖音(Douyin)のライブコマースや淘宝(Taobao)の最安値ショップを検索し、店内にいながらオンラインで購入ボタンを押す(ショールーミング)のです。
高い内装費と一等地(ショッピングモール)の家賃を払いながら、結果的に「ECのための巨大な無料テスター置き場」と化してしまった新CSの中には、資金繰りが悪化し、大量閉店に追い込まれる企業も出始めています。
5. 日本企業への示唆:KAとCSの再定義と「O2O融合」
中国のオフライン小売業が直面するこの残酷な現実は、日本企業(特にFMCG:日用消費財や化粧品メーカー)に対して、これまでの中国事業戦略の根底からの見直しを迫っています。
「とにかくKAのバイヤーに営業をかけ、ワトソンズの棚の目立つ場所を取れば売れる」という牧歌的な時代は完全に終わりました。では、日本のブランドにとって、もはや中国のオフライン店舗(KA/CS)は不要なのでしょうか? 答えは「NO」です。オフラインの役割が「販売の場」から「体験とフルフィルメント(即時配達)の拠点」へと変わっただけなのです。
- サムズクラブ等「会員制KA」への食い込み:従来の大潤発やカルフールといった大衆向けKAから縮小する一方で、購買力の高い中間層が集まるサムズクラブや盒馬(Freshippo)に対して、大容量パッケージや専用のPB商品を共同開発する「サプライチェーン型」のアプローチが必須です。
- O2O(即時配達)プラットフォームとの完全連携:店頭で買われなくても、近隣の消費者が美団(Meituan)アプリで商品を検索した際、30分で届く距離にあるCSやコンビニの在庫として自社商品が確実にヒットするよう、オフラインの配荷をO2Oのアルゴリズムに最適化させる必要があります。
- 新CSを「有料の広告媒体(体験拠点)」と割り切る:HARMAYなどの新CSで利益を出すことを急ぐのではなく、小紅書(RED)で話題の商品の「リアルの試用タッチポイント(広告塔)」として活用し、最終的な刈り取りは自社の天猫旗艦店やDouyinで行う、というオムニチャネルの全体最適化を図るべきです。
6. 結論:小売の「本質」への回帰
ECの浸透率が世界最高レベルに達し、さらにライブコマースという劇薬を手に入れた中国市場において、オフライン小売業(KA・CS)の生存領域は極限まで削られています。
しかし、人間が物理的な肉体を持つ以上、「今すぐ冷えたビールが飲みたい」「自分の肌の色に合うか、実際にリップを塗って確かめたい」「週末に家族とワクワクする空間を歩きたい」というリアルな欲求が消滅することはありません。
単なる「在庫の陳列棚(場所貸し)」に成り下がった旧態依然のKAとCSは、容赦なく市場から退場させられます。これからの中国オフライン小売で生き残るのは、サムズクラブのように「独自のサプライチェーンで圧倒的なコスパ(质价比)と商品力を提供する者」か、新CSが目指したような「ECでは絶対に代替できないワクワクする空間体験を提供する者」のいずれかです。日本ブランドもまた、中国の「棚」に自社商品をどう置くかではなく、自社の製品が消費者の「体験と利便性」にどう組み込まれるかを再設計する局面に立たされています。