1. 21.3%という数字が示したもの——統計が語れなかった真実
2023年6月16日、中国国家統計局は16〜24歳の若年失業率が21.3%に達したと発表しました。これは中国が現在の統計方法でデータを公表し始めた2018年以降の最高値です。しかし注目すべきは数字そのものよりも、その後の政府の対応でした。
国家統計局は2023年8月、「統計方法の見直し」を理由に若年失業率の発表を突然停止。約半年後の2024年1月、在学中の学生を除外するという新たな算出方法でデータ公表を再開しました。新基準による2024年の数値は14〜15%台で推移していますが、この変更自体が問題の深刻さを逆説的に示しています。
国際比較の文脈で言えば、20%超という数値はスペインやギリシャが欧州債務危機のピーク時に記録した水準です。世界第2位の経済大国で、かつ政府が「安定雇用」を経済政策の最優先事項のひとつに掲げている国が、こうした数値を記録したことの意味は極めて重大です。
※2024年以降は新算出方法(在学生除外)による
「本当の失業率」はどれくらいか
多くのエコノミストは、在学生を除外した公式統計でさえ実態を反映していないと指摘します。その理由は複数あります。第一に、中国の労働力調査は「過去1週間に1時間以上有償労働をした」者を就業者とカウントするため、フードデリバリーや単発アルバイトで食いつなぐ大卒者も「就業中」に分類されます。第二に、親の家に戻って就職活動を続ける「啃老族(親に寄生する若者)」や、あえて就職しない「慢就業(ゆっくり就活)」組は統計から抜け落ちやすい構造があります。
北京大学や人民大学の研究者による独自調査では、実質的な若年広義失業率(アンダーエンプロイメントを含む)は30〜35%程度に達する可能性があるとされています。これは大卒者3人に1人が「まともな仕事に就けていない」という現実を意味します。
2. なぜこれほどの供給過剰が生まれたのか——大学拡張政策の帰結
中国の大学入学者数は1999年の高等教育大衆化政策(「扩招」)を機に爆発的に増加しました。1998年に108万人だった大学入学者数は、2024年には約1,030万人に拡大。大卒者数は毎年最多記録を更新し続け、2025年の卒業予定者数は1,222万人に達しています。
問題は、この供給増加に経済の需要側が追いつかなかったことです。2015〜2019年頃まで中国経済を牽引したIT・不動産・教育・フィンテック各セクターは、2020〜2021年にかけて政府の規制強化(「互联网监管」「双减政策」「房住不炒」等)の直撃を受け、新卒採用を急激に絞り込みました。コロナ禍の3年間(2020〜2022年)がさらに追い打ちをかけ、外資系企業も採用計画を大幅に縮小しました。
「大卒」の価値希薄化が招く資格インフレ
1990年代まで、中国における大学卒業は「幹部候補」に直結するエリートの証明でした。しかし現在、大卒は「最低限の条件」に過ぎません。北京・上海の清掃業者や工場の現場監督の求人に「大学卒業以上」が条件として明記されているケースは珍しくありません。これが「資格インフレ(学历贬值)」と呼ばれる現象です。
この資格インフレは就職競争をさらに激化させます。大卒では差別化できないため、有名大学(985・211工程指定校)への進学、海外留学、修士・博士号取得が「必須条件」へとエスカレートし、それでも競争は終わりません。名門校の修士号を持ちながらフードデリバリーのライダーをしている、という事例がSNSで話題になるほど、高学歴と安定就職の連結は壊れています。
3. 「内巻」とは何か——過剰競争が生む社会病理
「内巻(nèijuǎn)」は、もともとは農業経済学者クリフォード・ギアーツが提唱した「農業的インボリューション(農業内部での過剰な労働投入)」という学術概念でした。これが2020年頃から中国のZ世代の間でバズワードとなり、「投入を増やしても成果が増えない過剰競争状態」を指す日常語として定着しました。
内巻が問題とされるのは、個人が合理的に行動(より努力する)しても社会全体のパイが増えず、全員が疲弊するだけという「囚人のジレンマ」的状況にあるからです。大学の図書館で夜中まで勉強するのは個人にとって合理的選択ですが、クラス全員が同じことをすれば、成績の「曲線」が上がるだけで相対的な優位性は生まれません。
内巻の具体的な現れ方
大学キャンパスでは、図書館の席取り合戦が早朝5時から始まります。「躺平(tǎng píng)」(文字通り「横になる」=諦めて最低限の生活をする)という対抗概念が流行するほど、競争疲れは深刻です。内巻の主な局面は以下の通りです:
4. 国考・考研——「出口なき競争」の2大戦場
就職市場が厳しくなるにつれ、若者たちが逃げ込む先として急増したのが「国考(国家公務員試験)」と「考研(大学院入試)」です。皮肉なことに、この2つの「出口」も今や過酷な内巻の戦場となっています。
国考——「鉄飯碗」への殺到
中国の若者が公務員を目指す理由は明確です。「鉄飯碗(tiě fànwǎn)」——鉄の飯碗、すなわちリストラされない安定した職——への渇望です。民間企業の業績悪化、IT大手のレイオフ、外資系企業の撤退が相次ぐ中、政府機関と国有企業は最後の「安全地帯」として機能しています。
2025年国考の競争倍率は平均86倍でしたが、これは全体平均に過ぎません。人気のある中央省庁のポストや、北京・上海勤務のポストでは競争倍率が1,000倍を超えるケースも珍しくなくなっています。「国考の参考書」産業は数千億円規模に成長し、専門の塾が全国展開しています。
考研——「時間の買い取り」と化した大学院進学
もうひとつの逃げ場が大学院進学(考研)です。志願者数は2019年の290万人から2023年の474万人へとわずか4年で64%増加。2024年は438万人(減少したものの高水準)、2025年は再び増加傾向を示しています。
注目すべきは、志願者の動機の変質です。かつての大学院進学は「専門性の深化」や「研究者志望」が主な理由でしたが、現在は「就職活動の2〜3年の先送り」「学歴インフレへの対応」を動機とする学生が多数を占めます。これは「修士号の価値」がさらに低下するという悪循環を生みます。
5. セクター別の実態——どこに残り、どこが消えたか
中国の雇用市場で、セクターによって採用力には天と地ほどの差があります。2020年代前半の規制強化と景気減速が、セクターごとの明暗を決定的に分けました。
「稼げる仕事」が消えたプラットフォーム・EdTech・不動産
2020〜2021年にかけての「規制の嵐」で採用力が激減したのは、インターネットプラットフォーム(アリババ、テンセント、バイドゥ等)、教育テクノロジー(新東方オンライン、VIPKID等)、不動産(恒大、碧桂园等)の3セクターです。
教育テック規制(「双減政策」2021年)だけで、業界全体で100万人以上の雇用が失われたと推計されています。IT大手はレイオフを繰り返し、2022〜2023年だけでアリババ約2万人、テンセント約1万人、バイドゥ数千人規模のリストラが実施されました。これらの企業に就職することが「成功」の証明だった世代にとって、この変化は衝撃的でした。
| セクター | 2019年採用トレンド | 2024年採用トレンド | 評価 |
|---|---|---|---|
| 国有企業・政府機関 | 人気・安定 | 人気急上昇・競争激化 | 相対的安定 |
| IT・プラットフォーム大手 | 高給・急成長 | レイオフ継続・採用抑制 | 大幅減 |
| 教育テック(EdTech) | 急拡大 | 規制後ほぼ壊滅 | 壊滅的 |
| 不動産・建設 | 大規模採用 | 債務危機で大幅縮小 | 大幅減 |
| 製造業(スマート・EV) | 普通 | 一定の採用継続 | 横ばい |
| 外資系企業 | 高人気 | 撤退・縮小で採用減 | 縮小傾向 |
| ギグエコノミー(配達・ライブコマース) | 少数 | 吸収先として急増 | 増加(質は低い) |
| 海外就職・出国 | 少数 | 「逃跑(逃げる)」として増加 | 増加傾向 |
6. 地域格差——都市と地方、沿海と内陸の断絶
若年失業問題は全国均一ではなく、地域によって状況が大きく異なります。北京・上海・深センといった一線都市は、雇用機会の絶対量は多いものの、全国から優秀な人材が集中するため競争は極めて激しい状態です。一方、内陸部・農村部の若者は、地元に雇用機会そのものが少なく、都市への移住も住居・戸籍(戸口)の壁に阻まれます。
「孔雀東南飛(孔雀は東南に飛ぶ)」という言葉が示すように、優秀な若者ほど経済発展した東南沿海部の都市に向かいます。この人材の一極集中が内陸部の産業発展を妨げ、格差を拡大させる悪循環を生んでいます。
7. 若者たちの「適応戦略」——躺平・慢就業・出国
内巻の地獄に直面した中国の若者たちは、それぞれの「適応戦略」を編み出しています。これらは単なる個人の選択ではなく、雇用市場の構造的な歪みに対する集合的な反応として理解する必要があります。
「躺平」が突きつける政策的矛盾
躺平は単なる若者の逃避ではなく、中国の経済・人口政策に対する根本的な挑戦です。政府は出生率低下に危機感を持ち、少子化対策に巨額を投じていますが、若者が結婚・育児を諦める最大の理由が「経済的な不安定さ」である以上、雇用問題の解決なしに少子化は止まりません。
また、国内消費の拡大を経済政策の柱とする「内循環経済」戦略も、収入の不安定な若年層が消費を抑制すれば成立しません。若年失業問題は経済政策全体の「アキレス腱」になっています。
8. 日系企業への影響——採用チャンスとリスクの両面
中国の若年雇用危機は、中国で事業を展開する日系企業にとって複雑な意味を持ちます。一見するとネガティブなこの状況は、適切に対応すれば採用戦略・ブランド構築の大きなチャンスになり得ます。同時に、無視すれば深刻なリスク要因にもなります。
チャンス:ハイポテンシャルな人材の採用機会
採用市場における最大の変化は、かつては外資系大手にしか目を向けなかった高学歴・ハイポテンシャルな人材が、日系企業への入社を真剣に検討し始めていることです。BAT(バイドゥ・アリババ・テンセント)や国内大手IT企業が採用を絞る中、慎重ながらも着実な経営で知られる日本ブランドへの関心が高まっています。
特に、製造業・B2B・サプライチェーンマネジメント分野での技術系人材は、競合の外資系と比較しても引けを取らないクオリティの候補者を確保できる環境が整いつつあります。「稳定(安定)」を重視する志向が強まっている若者にとって、日系企業の安定したイメージは以前より大きな訴求力を持っています。
リスク:離職率の上昇と「仮就職」問題
一方で注意すべきリスクもあります。雇用危機の中で「とりあえず日系企業に入社」し、より良い機会が来たら即座に転職する「仮就職(权宜之计)」的な入社が増えています。特に日系企業は給与水準が外資系に比べて低く、且つ意思決定の遅さ・縦割り文化に対する不満から、優秀な人材ほど早期離職するリスクがあります。
また、就職できない若者の間で高まる社会的不満は、SNSを通じた企業批判・不買運動のリスクとも連動しています。日系ブランドへの不満が炎上する可能性には、これまで以上に敏感でなければなりません。
9. 構造問題の展望——政府の対策と限界
中国政府も若年雇用問題を重大な政治課題と認識しており、複数の対策を打ち出しています。しかし多くの専門家は、これらの対策が構造的な問題の根本解決には至らないと評価しています。
政府の主要な対策
現在実施されている主な雇用促進策としては、①大卒者を農村・基層(草の根)に送り込む「三支一扶」「西部ボランティア」プログラムの拡充、②中小企業・民間企業への採用補助金、③職業訓練・リスキリングプログラムの拡大、④国有企業・軍への採用枠拡大、⑤起業支援・スタートアップエコシステムの育成——があります。
しかし根本的な問題は、大学が輩出する人材の質・種類と、市場が求める人材の質・種類のミスマッチにあります。中国の大学教育はいまだに理論・知識偏重で、即戦力のビジネススキルを持つ人材育成が不足しています。また、政府が採用を増やす「国有企業」は民間企業ほどの雇用吸収力がなく、量的な解決策にはなりえません。
構造的な見通し——2030年に向けた展望
楽観的なシナリオは、中国がAI・EV・スマート製造・グリーンエネルギー等の新興産業で大規模な雇用を創出し、2028〜2030年頃に需給バランスが改善されるというものです。実際、EVメーカーや太陽光発電関連では採用が急増しています。
一方、悲観的なシナリオは、AIと自動化の進展により工場のホワイトカラー化が進み、新興産業が創出する雇用数が伝統産業の喪失雇用数を補えないというものです。さらに、地政学的リスク(米中対立)が外国投資・外資系企業の中国採用に引き続き下押し圧力をかけ続けるという読みもあります。
最も可能性が高い現実的なシナリオは、若年失業率が10〜15%台(新基準)で高止まりし、内巻・躺平という文化的適応が定着するというものです。これは中国社会の消費行動・結婚観・出生率に長期的な影響を与え続けます。